ミッシェル・カルダン インタビュー

ここに、カナダのリュート奏者、ミッシェル・カルダンのヴァイスとリュートに関するお話を紹介します。これは、トロント・ギター・ソサイエティー主催のコンサートをひかえた2001年4月14日に行われたインタビューの全訳です。逐語訳ではなく、かなりの程度、蚊帳吊りウサギが意訳をしてあります。したがって、誤りがあるとすれば、そのほとんどは、ウサギの誤訳に起因すると思われます。英文オリジナルを参照したい方はこちらをご覧ください。

正式に勉強なさったのは、リュートではなく、ギターなわけですが、あなたがリュートに興味を持ったのはいつごろのことですか?

ジュリアン・ブリームのおかげで、リュートにはずっと興味を持っていました。でも、当時は自分で弾こうとは思いませんでしたね、ほかに弾いている人が誰もいませんでしたから。1979年にロンドンで、最初のルネッサンスリュートを買いました。そして、84年にバロックリュートを。わくわくしましたけれど、その年はギターのリサイタルの時に5分くらい弾いただけでした。それ以後、少しずつバロックリュートを弾く時間を増やして行きました。当時の私のテクニックは、それは、ひどいものでした。1990年までは、「ちょっとだけリュートも弾くギタリスト」という状態でした。

クラシックギターをバロックリュートに持ち代えるのは、技術的に難しいことでしたか?

信じられないくらい難しかったですね。二つのテクニックはとても似かよっています。だから、余計に難しいのです。手首のコントロールの違いがとても微妙です。

今でもギターを弾きますか?もしそうなら、両方のテクニックを維持することは可能ですか?

易しい曲か、並みの難易度の曲なら、モダンギターでも何とか弾けます。でも、難しい20世紀の作品などには、もう手はとどきません。その一方で、19世紀ギターを持っていますから、こちらのほうは、バロックリュートと同じテクニックで弾けます。というわけで、時々、ソルやコストの作品などを、当時と同じ楽器・音楽的アプローチで弾いて、楽しんだりしています。

新しい作品にも興味をお持ちだそうですが、リュートのための新作を弾いたこと、あるいは、今後弾いてみようという予定はありますか?

はい、ヴァイスのロンドン手稿譜の12枚組CDの録音のほかに、バロックリュートのための新曲の録音を当面のゴールにしています。Sylvaine Martin (Montreal), Alain Weber (Paris), Jean-Pierre Vignes (Paris) が私のために長大な作品を書いてくれました。トロントでは、ウェバーの作品を弾くつもりです。完全に無調の(不協音程を用いた)作品ですが、私はバロックリュートを使っても現代音楽の語法は成立すると信じています。Jean Baily(ブラッセル音楽院のダイレクター)も私のための曲を書き始めたところです。それから、最近、ロストポービッチのためにコンチェルトを作曲したEric Tanguyが、次に私のために1曲書いてくれますので、とても楽しみにしています。

歴史的に、リュートの世界では、ほかのどの楽器にもまして、演奏家自身が作曲家であり、また即興演奏も行ってきたわけですが、単なるリュート演奏だけではなくて、こういう習慣も、いずれ現代に再現されると思いますか? 

実際にそういう動きは少しずつ始まっていると思いますよ。ポール・オデットのようなルネッサンスリュート奏者は、すでにコンサートでそういうことをしています。我々バロックリュート奏者も、少なくともプレリュードでは、同じようなことをする必要があります。バロック時代には、ほとんどの場合、プレリュードは演奏者によって即興されたということは、まず疑いありません。例えば、音楽学者のティム・クローフォード(Tim Crawford)が指摘しているように、ヴァイスのプレリュードは、2、3の例外を除いて、草稿あるいは生徒のための演奏例として現存しているに過ぎません。ですから、もし演奏者がその気になれば、コンサートでバロック組曲やソナタの前に長大なプレリュードを即興してもかまわないと思います。

ヴァイスの音楽には、ギターを通して興味を持つようになったのですか?

そうです。ジュリアン・ブリームの「ロジーのトンボー」「ファンタジー」「パッサカリア」などの録音が、きっかけになりました。これらの曲やバッハをギターでよく弾きました。次に、8弦ギターを手に入れて、バッハの「プレリュード・フーガ・アレグロ」や、ヴァイスの「不実なる者」をリュート譜のとおりのバスラインで弾いていました。それから、10弦ギターを買ったのです。でも、それでヴァイスの音楽を弾いているうちに、ふと、思ったのです、「オリジナルの楽器を弾いてみたらどうだろうか?」と。スラーの変更のことや、運指の問題で悩んでいましたから、ぜひともリュートを試してみたいと思うようになりました。弾いてみるまでは、自分がリュートを好きになるかどうか、まったく確信がなかったのですが、いざ手にしてみると、ものの10秒ほどで、魔法をかられたように取り憑かれてしまいました。その一方で、ギターで弾くヴァイスも好きです。生徒には、ギターでヴァイスを弾くように言います。美しいですし、説得力があります。

生徒さんにギターでヴァイスを弾くように言う、というのは面白いお話ですね。ギターに移した場合、音楽的な妥協が生じるとは思いませんか?ヴァイスをギターで弾く際の問題については、どのように対処されますか?

ハープシコードやオルガンの音楽をピアノで弾くようなものですね。何かが失われる代わりに、何か他のものが付け加わります。リュート曲をギターに移せば、それは別の雰囲気と色彩を持った、新しい曲になります。けれども、ヴァイスの曲の音楽的な素材には、そのような変化に耐えるだけの力強さがあります。ベースラインやスラーの変更も許されると思います。

ヴァイスのロンドン手稿譜の全曲録音というのは、途方もない大仕事です。ヴァイスの音楽が好きだという当然の理由は別として、どういう成り行きでこのようなプロジェクトに取り組まれたのでしょう?レコード会社を説得するのは、大変ではありませんでしたか?

ロンドン手稿譜のような偉大な作品なら、誰か良いリュート奏者によって10年も昔に録音されていて当然ですが、実際はそうでないことが、私には理解できませんでした。「ベスト・オブ・ロンドンMS」という最初のCDを作ったときに、「これが録音できるなら、後、何枚か録音してもいいじゃないか・・」と思ったのです。自分の中で、全曲録音の準備がととのっていたわけではないのですが、とにかく取り組んでみることにしました。あなたのおっしゃったように、音楽・楽器への愛情が私にエネルギーを与えてくれました。幸いにも、SNEレコード、特にダイレクターのジャイルズ・ポワリエ(Giles Poirier)が、「売り上げ」についてはとても融通の利く考え方の人で、私のプロジェクトを受け入れてくださいました。ただし、CDを製作するごとに、わたしがいくらかの資金をもってくるという条件が付いていましたが。都合よく、私は、ニュー・ブルンスヴィック州と、私の教えるモンクトン大学から助成金をうけていましたから、これを充てることが出来ました。

これだけの録音を毎年行ってゆくために、どのような精神的・肉体的な準備をされましたか?

このヴァイスの音楽は、私の生活そのものです。音楽がいつも頭の中に流れています。もちろん、狂ったように練習しなければなりませんし、解説文も書かねばならないし、いつも、毎年、ノンストップで仕事をしなくてはなりません。まるで、12番目のCDも初めて収録を終えるCDのような感じです。まあ、まだ終わったわけではありませんが。むしろ、12のセクションに分かれた、巨大な一枚のCDを作っているように感じます。私は頑固者ですので、こういったプロジェクトを途中でやめたり、極端にスローダウンしたりするのがいやだ、ということもあります。自分が天性のヴァーチュオーソではないということがかえって幸いして、常に不可能とも思えることに挑戦できるのかも知れません。実際、どのCDをとっても、渾身の力を込めて録音したものばかりです。

手稿譜を時代順に配列することは可能ですか?もし可能だとすれば、作曲スタイルの変遷などが感じられますか?それとも、ヴァイスは早い時期から、成熟したスタイルを確立していたのでしょうか?

今までのところ、正式には、手稿譜が年代的にどのように編纂されていったか、を知ることは出来ません。しかし、ティム・クローフォードのような現代の優れた音楽学者は、ロンドン手稿譜は、かなりの程度(もし完全にではないとすれば)年代順に配列されているという考えに傾きつつあります。しかし、他の偉大な作曲家の例に漏れず、ヴァイスの初期の作品も、すでに、まったく完璧です。

(了