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宅録日記
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2006年12月27日 (バリオスの大聖堂より、第三楽章、アレグロ) クリスマス明けあたりに・・・という11月の公約どおり、大聖堂のアレグロをアップしました。 2006年12月21日 (バリオスの大聖堂より、第一楽章、プレリュード) 第一楽章のプレリュードは、またそのうちに録音しますなんて言っていましたが、やはり考えてみると第三楽章のアレグロを先にアップしたのではどうにも格好がつかないと思い直して、大急ぎで練習して録音してみました。録音を聴く前にこれを読んでおられる方にご忠告します。ものすごくゆっくりですので聴いている途中で寝てしまうかも知れませんよ。以前から私はこのレントの指示のあるプレリュードが大抵のプロのCDでは、不当に速く弾かれているような気がしてなりませんでした。私の中ではこの曲の3楽章の構成はそれぞれ、臨終、葬式、一同解散・帰宅という感じなんですね。というわけで普段の鬱憤を晴らすべく、息も絶え絶え、最後のハーモニクスのあたりで昇天するようなイメージで弾いてみました。技術的にはハイポジションの込み入った押さえのせいで、鳴っている弦につい指が触れて音が切れたりビビッたり。すごく神経を使います。開放弦と押さえた弦の鳴り方のバランスをとるのも難しいですし、むしろ速めのテンポ設定のほうがアラが目立たないかもしれません。 2006年11月18日 (バリオスの大聖堂より、第二楽章、宗教的アンダンテ) この曲も「学生時代に挫折した曲に再挑戦シリーズ」の一環です。できれば第三楽章のアレグロとペアでアップしたかったのですが、成りませんでした。と言うのも、一応アレグロも録音してみたのですが、まだちゃんと弾けないのです。ちゃんとというのはずいぶん曖昧な言い方ですが、要するに、音楽的にどうだとか、解釈がこうだとか言うことではなくて、適正テンポ、正確なリズムで譜面に書かれてある音を過不足なく鳴らしたいということです。この中でなんといっても曲者なのが適正テンポというやつです。プロのCDを聞くと演奏時間は概ね2分50秒から3分10秒、メトロノームで♪=220から240程度のテンポです。これは、普通のアマチュアから見れば驚異的、超人的なスピードです。私が今日録音してみたら4分かかりました。♪=170ちょっとくらいです。指さえ回れば良いわけではないことは百も承知ですが、このアレグロにはどうしても最低限必要な絶対速度というものがあって、それを下回るとどうにもサマにならないように感じます。170ちょっとというのは、許容範囲外でしょう。仕方がないし、良い機会でもありますから、これから年末にかけてちょっとスピード練習をしてみることにしました。もうすでに2ヶ月くらい練習してこのレベルですから、これからどこまでできるかわかりませんが、私も後二年で50歳。メカニックに多少でもまだ伸びる可能性のあるうちにできるだけ動かしておいた方が、老後に弾ける曲の範囲も広がろうというものです。ただ、指の故障には注意しなければとは思いますが。第二楽章のアンダンテについての宅録日記だったのに、なんだかアレグロのことばかり書いてしまいました。悔しいので、今日のボツ録音の最後のところをソフトで20%テンポアップしたものをアップしておきます。こういう風にテクノロジーが発達して、クリック一発でテンポなんてどうにでもなるようになると、これから自分がやろうとしているスピード練習にいったい何の意味があるのかと、なにやら複雑な気持ちになります。 2006年9月9日 (バッハ、二声のインベンションより13番、BWV784、改訂版) どうも私一人で大騒ぎをしている感のあるインベンション・プロジェクトですが、先週アップした録音に対して「9、10小節目で上声がオクターブ下がる部分に違和感を感じる」とのコメントをいただきましたので、これを受けて新しいバージョンを検討してみました。この部分、上下声部ともギターの音域の許す範囲内でオリジナルどおりに書くと(7小節目を除く)、譜例1のようになります。ちょっと運指をつけてみるとわかりますが、これは絶望的に演奏不可能です。
そこで、妥協案として譜例2を考えました。下声の下降音型の形が崩れてしまった上に、かなり難易度は上がリましたが、これでとりあえずは演奏可能になります。どちらが良いかは意見の分かれるところだと思います。しかし、よく考えてみると問題の9小節1拍目からのフレーズ、冒頭のCは曲頭からここまでの、また曲全体を通しての最高音です。その意味で、ここで上声をこのレジストリーにまで引き上げておくというのは、曲の構成上、重要なポイントだと言うこともできます。件のコメントには一理も二理もあるように思いました。とは言え、そもそも、私がこの曲を練習する目的は二声を弾く耳・脳みそを作ることだったわけですから、演奏そのものが困難になっては元も子もありません。やさしい編曲で、各声部をよく聴いて・・・というアプローチもアリだと思います。
2006年9月3日 (バッハ、二声のインベンションより13番、BWV784) 先日、掲示板でもお話しましたが、今回のお題はバッハの2声のインベンションから13番、BWV784です。ちゃんと2声を別々に意識しながら弾いているように聞えるでしょうか? この曲を練習し始めたきっかけは、今、話題の漫画「のだめカンタービレ」の中で、のだめがバッハの平均率を題材にソプラノを弾きながらアルトを歌うとか、要するに声部の弾き分け、歌い分けの練習を課される話を読んだことだ、ということは以前にも書きました。 使用した楽譜は、ケン・ハマー(Ken Hummer, Alfred)編がベースになっています。キーは原曲のとおりイ短調。最初はハマー編の楽譜で練習していたのですが、弾いているうちにだんだん気に入らなくなってきて、大幅に書き直しましたので、ほとんど自編といっていい楽譜になってしまいました。そういうわけですので、楽譜の方もダウンロードできるようにしておきました。運指は付してありません。理由は、第一に邪魔くさいから。それから、私の編曲譜をDLして弾いてみようというような奇特な方ならまず間違いなく自分で運指なさるだろうと思ったからです。 ところで、練習し始めて驚いたのは全然暗譜出来ないことです。私は基本的に左手の押さえの形で曲を覚えるタイプなのですが、そういう非音楽的なやり方では、この曲はまったく覚えられません。それもそのはずで、2声が常に独立して流れて行くこの曲では、同時に鳴っている音は常に一つか二つ。ギターに特有のコードフォームなどというものは、ほとんどでてきません。そのうえ、曲の大部分は第一ポジションで弾かれますから、どの押さえも形の上では似たりよったりで、まったく記憶の助けになりません。「これは、音そのものを覚えなければダメだな・・・」と思いました。とりあえず、パートごとを単音で弾きながら歌えるようにすることにしました。もともと、そういうことをするためにこの曲の練習をはじめたわけですから、「願ったりかなったり」です。やってみると不思議なもので、メロディーを「ミラドシミシレ、ドーミーソ(♯) ーミー・・・」と歌いながら弾いてみると、自然と正しい場所に左手の指が動いてゆくものです。それにしても、この音を覚えて、歌えるようにして、それをさらに弾きながら歌えるようにするという作業に時間のかかること、かかること。こんなこと、ソルフェージュの基礎ある人なら、曲を聴いただけで即座に出来てしまうことで、練習をしなければならないようなことではないのでしょう。まあ、ぼやいていても始まらないので、楽譜のコピーを常にかばんに入れて持ち歩き、それこそ四六時中、会社でも仕事の合間に譜面を見ながら小さく鼻歌を歌ったりしていると、少しづつ、少しづつ音が頭の中に入ってくるようになりました。 ほとんどザルで水を汲むような作業でしたが、いくつか気づいたことがあります。それは、こういう弾き歌いのような練習でも、短い部分(一小節かそれ以下)に分けて、徹底的にゆっくり反復練習を行なうのが効果的だということ。それから、自分は要するに、重音を聞いた時に、上の音はわかっても下の音がわからないのだということです。何か下のほうで鳴っているように思うけれども、その高さが分からない。あるいは、5度音程などのよく溶け合う音程は、オクターブと区別がつかなかったりします。けれども、一度、上下を分けて弾いてみて、あらかじめバスの音をしっかり確認しておけば、不思議なことに今まで聞えていなかったバスの音が突然聞えてくるのです。でもだからといって少し気を許していると、その新しく聞えるようになった音は、また、もとの霞の中に戻っていってしまいます。まあ、こんな調子だから「ザルで水を汲む」ような作業なのですが、それでも、単なる指の体操ではなくて、音楽のトレーニングをしているのだという充実感に浸ることは出来ました。 このインベンションの練習、非常に楽しかったものですから、また、そのうちにもう1曲やってみたいと思います。15曲全部できれば、すばらしいけれど・・・・ 2006年7月10日 (8弦ギターによる ヴァイス、ニ短調のソナタより、クーラント) 再録音です。でも、どこがどう変わったというほどのことはありません。運指は少し変えてありますが、基本的に気になっていた音の間違いを直しただけです。他の曲を練習しながらの再録ですので、むしろ前回の録音よりボロがでている気もします。もしかしたら、しばらく弾かないうちに覚え違いをして、今度は違うところの音が間違っているかも知れません。なんだか、どう弾いたらよいのかわからなくなってしまったので、とりあえず先へ進みます。この辺がアマチュアの気楽なところ・・・と言ってしまえば、要するに言い訳か、はてまた開き直りか。 2006年5月18日 (松任谷由美、ノーサイド、竹内永和編) ところで、ヴァイスのクーラントなのですが、と書くと「なんだ、息抜きの録音の話ではなくて、またヴァイスか」とあきれる方も多いでしょう。いや、本人もあきれています。クーラントのほうは、何とか音の間違いを直して、音のつながりを考えて一部運指も変更して再録音したのですが、上手く行きませんでした。どこがどう悪いというのは難しいのですが、要するに、どう弾いたものかと迷っているので、なんとなく全体に覇気がないのです。人の顔色をうかがいながら弾いているような姑息な演奏なので2、3日前に録音したのですが、ボツにしました。色々と不備はあっても、機嫌よく弾いていた一回目のほうが好ましく聞えるというのは、おかしなものです。音楽って不思議ですね。 さて、ここまでが前置きで、本題の息抜きの録音なのですが、お題はユーミンのノーサイドです。これがまた、言い訳がましくなりますが、息抜きのつもりに弾いてみたらけっこう難しいのです。結局、ずいぶん練習しました。こういう曲を必死の形相で練習するのって、なんだかちょっと悲しい作業ですが、弾けないものは仕方がありません。結局、全然息抜きになっていません。いつもこういうことになるのは、やはり、私の性格のせいなのでしょう。 2006年5月1日 (8弦ギターによる ヴァイス、ニ短調のソナタより、クーラント) 8弦ギターでヴァイスを弾こうと思ったのにはいくつかの理由がありますが、なんと言っても、今回録音したクーラントを含むニ短調のソナタを何とかギターで弾けないかと考えたことが直接のきっかけです。ファンタジー、アルマンドと、最初の二曲だけは何とか通常の6弦で弾いてみたものの、このクーラントに至って挫折した話は以前にも書きました。 ヴァイスには、旋律とバスの2声といった比較的シンプルな構造の曲が多いので、工夫次第でたいていの曲は普通のギターでも十分に弾けます。それでも、中には少しテクスチャアが込み入ったものもあって、6弦ギターでは物理的に弦が足らないという問題が起こって来ることもままあります。そこで、解決策として多弦ギターを使用することを考えるわけですが、そういう場合、スタンダードな6弦ギターに低音弦をダイアトニックに追加してゆくというという方法がとられることが多いようです。しかし、考えてみれば、バロックリュートの最低音Aを確保するために、DCBAの四本を追加するなんて実に不経済です。右手の運指も複雑になって混乱しますし、大体、ひどい乱視の上に老眼が進んできた私は、弦が10本以上もあるギターなんて、見ただけで頭がクラクラします。A線一本だけを追加して7弦ギターとし、間の音は押さえて出せばいいじゃないか、と考えるのは人情でしょう。しかし、世の中、なかなか上手く行かないもので、上声がローポジションにあるときはそれでも良いのでしょうが、それが5ポジションあたりまでずり上がってくると、それこそ、超人的な長さ(20センチくらい?)の指の持ち主でもなければ、到底バスラインを押さえて処理することは出来なくなります。では、どうするか? 答えは単純で、高音側にもう一本弦を追加して8弦にすれば良いのです。たとえば、1弦をAとすれば今まで5ポジションで弾いていたものが1ポジションで弾けます。多少フレット方向にストレッチを要求されますが、これなら余った指で(余れば、ですが)低音弦を押さえて、少し込み入ったバスラインを弾くこともできるのではないか? こういういたって単純な考察の結果8弦ギターのアイデアが生まれてきたわけですが、同じようなことを考える人はあるもので、ちょっとネットで調べてみただけでも、加藤繁雄、アレクサンドル・ヴィノグラッドの二人が同様なコンセプトの8弦ギターを弾いていることがわかりました。加藤さんのHPでは、1弦Aには東レのナイロン釣り糸、銀鱗12号が良いという情報も得ることが出来ました。また、ヴノグラッドは上の考え方をさらに進めて、なんと、アゴで低音弦を押さえて複雑なポリフォニーを実現するという、超人的なテクニックをあみだしていることも知りました。きっと、すっきりと先細りの、スリムなアゴの持ち主なんでしょう。ぶよぶよの二段アゴでは絶対に出来ない芸当ですね。 さて、マリオ・グロップさんにお願いして作っていただいた8弦ギターは、たいへん美しい楽器でした。黙って何時間でも眺めていられる、そんな気さえします。音のほうは、外観の印象に反して、メロウというよりはシャープ。粒立ちのよい、くっきりとした、やや固めの音です。京女だと思って話しかけたら、チャキチャキの江戸っ子だった、といったところでしょうか。まあ、どちらも、それぞれにけっこうなものです。ん? ああ、ギターの話でしたね・・・・ 総合的にはとてもよい楽器だと思います。ただ、注文以前から懸念していたとおり、通常の6弦ギターの1弦に比べて細いA線はかなり甲高いメタリックな音でした。もう少し太い弦を張れば問題は解決されると思われますが、銀鱗12号(直径0.57ミリ)を張った場合のテンションは、実測で9キロほど。一つ上の番手、14号では計算値で14キロほどのテンションがかかることになり、とても実用になりません。数種類のナイロン釣り糸を入手してテストしてみましたが、テンションや直径の測定値に多少の差はあるものの、音質的にはどの糸も大差なしという結果に終わりました。 どうしたものかと、しばらく思案しましたが、結局、楽器のピッチ全体を下げることにしました。実質半音下げて、A=415Hzとすると、A線のテンションは実測で7.6キロ。音色は大幅に改善されて、十分鑑賞に耐える音になります。A=415Hzというのも、いわゆる「バロック・ピッチ」ですから、ドレスデンの宮廷オケのピッチが実際どうであったかはともかくとして、ヴァイスを弾くにはそれほど的外れのピッチではないのかもしれません。ピッチが下がった分、2-7弦にはプロアルテのスーパー・ハイテンションを張って全体のテンションが下がり過ぎないようにしました。最低音弦の8弦はAではなくてDとしました。ニ短調の組曲を弾くためには当然の選択ともいえますが、これなら、通常の6弦をDチューニングにした場合と、低音側は音域的には変わりありません。この8弦ギターのコンセプトのミソは、低音域を拡大したということではなくて、高音側にA線を追加していることだと思います。実質的には、1弦Aの7弦ギターだと考えるのが良いようです。8弦目は曲のキーによって適宜変更する補助低音弦だというわけです。 2006年3月5日 (バッハ、BWV1001より、プレスト) 今回の録音はBWV1001、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ−ト短調の終曲、プレストです。もう三月になったというのに、これが今年の初録音です。アダージョの練習を始めたのが昨年の7月でしたから、4曲の録音に7ヶ月かかったことになります。いまさらながらのスローペースではありますが、ギター教室で先生についてこの組曲に取り組んでいれば、半年くらいで4曲に4つ花丸をもらえれば上出来でしょうから、まあ、それほど悲観することもないのかもしれません。 自分の技術から考えれば、まだかなり無理がある(特にフーガとプレスト)課題でしたが、やや背伸びをしたあたりを狙うのが上達のためには効率的なようで、たいへん有意義な練習をすることが出来ました。また、ジョエル・レスターの解説本を読んで色々と音楽的な視野を広げることも出来ました。プレストについては、佐々木編とバルエコ編の違いなどについても少し書いておきましたので、ご興味があればご覧になってください。 考えてみれば、このト短調のソナタを、出来はともかく、曲がりなりにも全曲弾けたということは、私にとっては、子供のころ、はじめて鉄棒で逆上がりが出来たときのように、素朴な意味でとてもうれしいことです。学生時代から大好きな曲で、グリューミオーのLPで何度も何度も聞きました。当時、ギターによるバッハと言えば、ようやくブリーム、ジョン、イエペスあたりのリュート組曲の全曲録音が現れたころでした。そのリュート組曲にしても、自分で弾いて見るなんて思いもよらず、私には買った楽譜を時々取り出しては眺めてみるのが関の山でした。石の上にも三年ならず、二十七年ということになりますね。 さて、このプレストですが、プレストという以上は速い曲です。どれくらい速いかと言うと、先日、掲示板にもまとめましたが、CDの演奏時間から何人かのプレイヤーのテンポを調べてみると次のようになります。(8分音符を一拍としたメトロノームカウント) イツァーク・パールマン、ヴァイオリン、233 私はというと、目標としたナイジェル・ノースには届きませんでしたが、ホピーを僅かの差で破る健闘を見せました。(笑) それにしても、アナちゃん(ハラスもですが)のテンポは驚異的です。実際に自分で弾いてみて、そのものすごさを改めて実感しました。とても、DNAの塩基配列の99.9%以上を共有する同じホモ・サピエンスの技とは思えません。まあ、1%も違えば、チンパンジーなんですけれど・・・・なんだか、話が音楽からずれてきましたね。 このテンポリスト自体は、「だからどうした?」と言われれば、ただの話のネタ以上でも以下でもない情報なのですが、これを調べていて面白いなと思ったことが一つあります。このテンポはプレストの全拍数を演奏時間割ったものですから、要するに平均速度です。局部的なテンポを調べたければ、CDをかけながらそれにあわせてメトロノームを鳴らして調べてやらねばなりません。実際にやってみると、最初は良く合っていても、人間の演奏ですから、だんだんずれてきます。ところが、そのずれ方の程度にも色々あるのですね。数小節以上もずれない演奏もあれば、2小節目も行かないうちに、もう合わないという演奏もあります。後者の場合、だんだん合わなくなるというよりは、むしろ始めからメトロノームに合うように弾いていないといったほうが良いかもしれません。 勘の良い方なら、この話がどこへ向かっているか、もうお分かりかもしれません。前者に属するのは、ここに挙げたギタリスト全部。後者の代表は、ホプキンソン・スミス、ナイジェル・ノース、ダニエラ・ヴァイスラー。ヴァイオリニストは、人にもよりますが、二者の中間くらいでしょうか。さて、このことはいったい何を意味しているのでしょうか? それは、まあ、各自考えるということで・・・(笑)
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