宅録日記

 
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2005年12月8日 バッハ、BWV1001より、シシリアーナ

前回のフーガを録音し終わった時に、KAZUさんから「バッハをやっているときは、息抜きも必要ですよ」という実に的を得たアドバイスをいただいたのに、「いや、シシリアーナが息抜きになるでしょう」なんていう、身の程を知らぬ発言をしていたのはいったい誰だったか・・・・。2、3週間あれば、と思っていたのに、読みが甘いのは毎度のこと、ちゃんと一月半かかってしまいました。特に苦労したつもりもないのですが、なかなか全体が思うように流れてくれなくて、長い間、同じところをぐるぐる回っていたような気がします。でも、ソプラノとバスが交互に歌いかけるようなコントラストをコントロールするのが、手ごわいながらも面白く、練習はとても楽しかったです。ビブラートの練習にもなりましたね。

で、録音はというと、今回はいつもにもまして緊張しました。誰が聞いているわけでもないのに、マイクの前で一人で上がっているというのは間抜けな話ですが、どうしてなんでしょうね。ギターを構えて弾き始めようと思うと、呼吸が浅くてなんだか集中できません。目をつぶって深呼吸をして・・・といったことをするわけですが、それでも、何でもないところで、ふと次の指を忘れてみたりで、ボツの山を積み上げました。ふだんから記憶を確実にするために、止まりそうなくらいの超スローで弾いたり、時々わざと止まって、指板からいったん指を離してから、また弾き始めたりということをして、一瞬の記憶のロスから立ち直る練習をしてあるんですが、それでも、なんだか他人のギターで弾いているようで、指板がなんだか見知らぬ街の街角のように見えました。あんなにたくさん間違えた録音セッションは、久しぶりです。しまいには、全身から冷や汗が出てきたのが、いたん止まって、それが乾くと今度は寒くなり、震えながら弾いていました。もう、ビョーキですね。実際、軽い低血糖発作だったのかも知れません。よくあるんです、私の場合。

ところで、曲の分析については、別コンテンツでレポートを更新中です。 シシリアーナについては、まだ書いていませんけれど、こちらの方もぼちぼち更新します。  

2005年10月30日 バッハ、BWV1001より、フーガ

ちょうど3ヶ月ぶりの録音です。このフーガは手ごわいから、何ヶ月かかっても、とにかく弾けるようになれば上出来と思っていましたから、3ヶ月で録音アップにこぎつけたのは、自分としてはよくやったと思います。ただ、人間、曲がりなりにも弾けるようになればなったで、欲が出るものです。だから、実際に自分の録音をはじめて聴いた時は、全身の毛穴から小虫が這い出してきたような、いたたまれない気持ちになりました。「ああ、こんなのは、ボツだ、ボツだ・・」とつぶやきながら、残響調整の作業を終えてwavをmp3化したところで、いったん休憩。この毎回のようにやってくる録音直後の自己嫌悪はいったいなんなんでしょうか。それでも、夕飯を食べてからもう一度聞いてみたら、今度は小虫の数は三分の一くらいになっていました。明日になれば、もう少し減っているかも知れません。あまり高望みしていては、まったく前へ進みませんし、せっかく手に入れた8弦ギターにもさわれません。冷静に考えてみれば、この録音が自分の実力に照らし合わせてみて不当に不出来だということはありませんし、もし、ライブでこれくらい弾ければ、十分すぎるくらい満足できるでしょうから、とりあえず、現段階での録音をアップすることにしました。

それにしても、このフーガは難しいです。フレーズにしても、バスラインにしても、自分の思った形になっていない部分は数多いですし、また、これでいいだろうと思っていたところが、録音して聞いてみてはじめて、妙に不自然な表現だと気づいた部分などもいくつもあります。まず、もっとしっかり左手を押さえなければ。押さえに不安があると、どうしてもフォルテで弾くことがためらわれますから、全体的に弱気な表現になりがちです。右手が自由に仕事をするためには、まず左手の押弦を安定させなければだめですね。ネガティブなことばかり書きましたが、やりたかったことがある程度は達成できたと思える部分もあります。たとえば、主題の入りの部分のアーティキュレーションを、ほぼ「ター、タッ、タッ」で統一しました。こうすれば、エントリーが和音の中に埋もれにくいですし、ある程度音楽に「意思」のようなものが感じられるようになるのではないかなあ、と思ったのです。複数声部が交錯する中で、単一声部の音だけを伸ばしたり、切ったりするのはかなり大変でしたが、自分の技術の許す範囲で実現するようにしました。もちろん、他人が聴いて効果的だと思ってくれるかどうかはわかりませんけれど。

2005年7月31日 バッハ、BWV1001より、アダージョ

私はバッハ初心者であります。実際、バッハの曲といえば、ヴァイオリン・パルティータ1番のサラバンドしか弾いたことがありません。無伴奏ヴァイオリン、チェロ、リュートのための組曲など、キラ星のような名曲がそろっているにもかかわらず、今まで一度も手を出したことがなかったというのは、何か特別な理由があるわけではありません。単に、弾けるような気がしなかっただけです。いや、まあ、曲さえ選べば弾けないことはなかったのでしょうが、周りから「バッハの曲は奥が深いから、ただ弾いてもダメだ」というようなことを言われることが多く、すこし構えてしまっていたのだと思います。そんなにヴァイスよりバッハの方が偉いのか!といった、子供のようなアホなこだわりもありましたし・・・しかし、いつまでも弾けない、弾けないといっていては、ほんとうに一生弾けませんから、ようやく最近「ちょっとこのあたりで、ふんばってみるか」という気になったわけです。

とはいえ、とかく難しいといわれるバッハの音楽に、まったくのバッハ初心者の私が取り組むにあたって、ギターを抱えて指を動かすことのほかに、いったい何をどのように勉強すればよいのか・・そのあたりが以前からとても気になっていとことは事実です。そういうわけで、ギター弾きにも役に立つよい参考書はないかと探していたのですが、先日、ジョエル・レスターという人の書いた Bach’s Works For Solo Violin という本を見つけました。この本では、ト短調のソナタ(BWV1001)を題材にバッハの音楽が詳しく解説されています。手にとって、しばらくページをパラパラとめくっているうちに、実際にギターでこのト短調ソナタを弾きながら、この本を読み進んでいったらどうだろうかというアイデアを思いつきました。練習した曲はいつものように録音するとして、本のほうは、読み進んだところまでの内容を、自習ノートのような形で、別コンテンツとしてまとめることにしました。

今回の録音は、その第一弾、アダージョです。楽譜は、全音の佐々木編をベースに、バルエコ版なども横目で見ながら、少しいじりました。このアダージョの録音を、うちのCD棚でさらってみると、ホプキンソン・スミス、ナイジェル・ノース、ヨーラン・セルシェル、ポール・ガルブレイス、イツァーク・パールマンといったところが見つかりました。なんと言っても参考になったのは、ホピーとパールマンです。特に、ホピーという人は、聴けば聴くほどにすごい人だと思います。録音そのものは、かなり弾き込んでおいたこともあって、珍しくミスも少ないセッションで、30分ほどですんなり終わりました。聞き返してみると、もう少しスラーの研究をする必要があるなあ、と思います。一連の32分音符の連なり全体にかかったスラーを(フレージングマークといった方がよいかもしれませんが)どう処理したらよいのか、もう一つよくわかりません。  

2005年7月2日 バリオス、最後のトレモロ

やはり、難しかったです、この曲。前半は左手の押さえも比較的簡単で、トレモロもほとんど1弦ということもあって、快調に弾けますが、2コーラス目を過ぎると、とたんに手のひらを返したようなこの仕打ち。何かの嫌がらせかと思うような押さえの連続した後、あろうことか、左手は、12フレットをはるかに超えてずり上がってゆきます。でも、ほんとうは、ここは上がるよりも降りてくるシーケンスの方が難しいですね。そして、やっと長調になったかと思うと、疲れ果てた左手に鞭打つようなセーハが続きます。これを何とかのりきって、左手小指が1弦12フレット、ミの音にたどり着いたら、やれやれお疲れ様。後は、大事に行けば何とか弾ききれるでしょう。ということで、苦しいところはバレバレですし、トレモロもあまり進歩の跡はありませんが、もはやこれまで。アップしてしまいました。

実は、先週も録音したのですが、ずいぶん雑な感じがして、この一週間は、メトロノーム100くらいのゆっくりしたテンポで、全部の音をきっちり鳴らす練習をしていました。まあ、通して弾けるようになっただけでも、私にとっては大きな収穫です。録音の最後に、鳥の声と近所の女の子の声が入ってしまいました。けっこうよい効果音になっているかもしれません。

あとは、アルハンブラを再々録音すれば、今回のトレモロキャンペーンは晴れて終了です。

2005年5月14日 タレガ、アルハンブラの思い出 再録音)

前回の録音に対して、トレモロのメロディーの歌い方は良いけれど、親指で弾かれる伴奏部分は、要研究というコメントをいただいたのを受けて、しつこく練習していましたが、練習量対効果の比率が極端に悪くなってきましたので、このあたりで見切りをつけて、再録音をアップしました。まだまだ、課題も多いですが、現状ではこれ以上は望めないように思います。imaを1弦上において、親指だけで色々なアルペジオを弾く練習とか、そのやり方でアルハンブラの伴奏だけを弾く練習などを、通常のトレモロ練習と平行してやりました。多少の効果はあったと思いますが、どうでしょうか。でも、いざ録音するとなると、やはりメロディーにばかり気が行って、なかなか両方の面倒が見れません。それから、ミスが多いのもいつものことで、40分くらいアルハンブラだけを録音し続けて、使えそうなテイクは、アップしたものと、そのほかに後一本。ダメ出し率は、80-90パーセントくらいで、普段よりさらに不出来なセッションでした。録音前の昼飯にカレーうどんを食べたら少しおなかが痛くなってしまって・・・というのは、言い訳になりませんね。採用したテイクも、最後のところで、pの伴奏の音を一つ空振りしています。ご愛嬌といえば、まあ、そうなんですが。

今回、一つ気がついたことは、録音中など、pamiのトレモロばかり集中的に弾いていてると、だんだん指の動きが荒れてきて、タタタタ、タタタタではなく、タッタタタ、タッタタタと、ギャロップ風にリズムが崩れてきますが、こういう時には、pmaiの変則トレモロを全速の70パーセントくらいのスピードでフォルテでしばらく弾いてやると、pamiの崩れたリズムが元に戻るようです。私の場合、この方法は、よく効きました。

次は、今練習中のバリオスの最後のトレモロを録音して、一応、今年のトレモロ強化キャンペーンはお終いにする予定です。これがまた、左手にきつい曲なんです。弾いたことのある方なら、ご存知でしょうけれど。でも、切ないくらいに美しい曲ですから、やりがいはありますね。

2005年4月24日 荒井由美・竹内永和編、海を見ていた午後

これは、かなり衝動的な録音です。楽譜をパラパラめくっていたら、どうしてもやってみたくなって、ちょこっと練習して録ってしまいました。この曲の収録されているアルバム、ミスリムは本当に名盤だと思います。特にわれわれの世代には、この曲にまつわるほろ苦い思い出のある方も多いでしょう。オリジナルを聞いてみるとわかりますが、これはもう、歌というよりは語りです。ギターではとってもああいう風には行きませんが、それでも、歌詞を思い出しながらゆっくり目のテンポで弾いてみました。

紙ナプキンには、インクがにじむから、忘れないでって、やっと書いた・・・・・遠いあの日。 

ユーミンは、やっぱり詩人ですね。

2005年4月23日 タレガ、アルハンブラの思い出

トレモロの技術見直しの一環として、アルハンブラの思い出を録音してみました。2週間くらいトレモロ系の基礎練習を集中的にやったあとの録音です。計画としては、これからさらに一月くらい、色々なやり方でトレモロをブラッシュアップして、その成果を「最後のトレモロ」を録音して試してみよう、ということなのですが、どうも、最初の2週間で早くも学習高原に達してしまった感があります。始めて一週間くらいは、確かに指の回りやコントロールが少しずつ良くなってゆく感じがしたのですが、ここへ来て、この先どの程度の進歩が期待できるのか、はなはだ自信がなくなってきました。

それにしても、アルハンブラって楽譜どおりに繰り返すと長いですね。きちんと繰り返そうと思って始めたのですが、ぼろぼろミスが出てしまって、とっても全部は繰り返せなかったので、仕方なく前半と後半を一回ずつ繰り返すだけの簡略ヴァージョンでごまかしてあります。とにかく、どうしてもどこかで一弦を引っ掛けますね。特に、指が温まってきて、ダイナミクスの幅を大きく取る勇気が出てくると、散発的にピン・ピンとノイズを出すリスクがあがります。かえって、消極的な表現をしているときの方が、見かけ上のミスは少なくなります。「ああ、このテイクは採用できそうだ・・」と思って弾いていると、いきなりキン・・・「あっ、しまった・・」と思うと、また、キン・キン・・・・もう、マイクスタンドをひっくり返したくなります。

この録音では、メロディーラインの音には結構気を使って弾いたつもりですが、聞きなおしてみると、親指で弾かれる伴奏とオブリガードがなんだかずいぶん雑です。汚れた音も多いし。すごく集中力を必要とする曲だと思いました。

2005年4月10日 ヴァイス、 リュートコンチェルト ホ短調

ヴァイスです。「またか・・」という声も聞こえてこないでもありませんが、今回はちょっと手が込んでいます。年頭に「多重録音のプロジェクトをやります」と予告したとおり、コンチェルトに取り組んでみました。よく知られているのか、知られていないのか知りませんが、ヴァイスには70にも上るアンサンブル作品があると推定され、そのうち4つのコンチェルトを含む19の作品が、不完全な形ながら現存しています。このうち一篇はアウグスブルグ写本に、残る三篇はドレスデン写本に収録されています。ドレスデン写本には、シルヴィウスの実の弟、ヨハン・シギスムントの手になるリュート・コンチェルトも収められていますが、シルヴィウスの作品の弦楽パートがすべて失われているのに対し、シギスムントのコンチェルトだけが、ほぼ完全な形で残っているのは、なんとも皮肉なことです。

昨年、この失われた弦楽パートを詳細な研究により復元・出版し、実際に演奏してCD化するという、ヴァイスファンが泣いて喜ぶような仕事をしたのが、リュート奏者のリチャード・ストーンです。

CD (Chandos Record, CHAN 0707)、スコア (A-R Editions, Inc., Recent Researches in The Music of Baroque Era, 136 – Silvius Leopold Weiss Lute Concerti) 

私には、ストーンによって復元されたコンチェルトの出来の良し悪しを、音楽学的な立場から判断する見識などはあるわけもありませんが、素人の耳には、その演奏はヴァイスの作品として十分に説得力のあるものでした。そういうわけで、復元された4篇のなかから、特に気に入ったニ短調のコンチェルトを、何とか自分のギターとMIDIの弦楽アンサンブルの組み合わせで演奏できないものかと、昨年暮れから検討をしていました。

しばらく前に、私が掲示板でDTM(デスクトップミュージック)のことを書いていたのは、こういうわけがあったからなのです。このDTMの分野は、最近のPCの急速な性能向上を受けて、すごいスピードで進歩してきています。このDTMの研究自体が、大変面白いコンテンツとなると思いますので、今回の録音に使った機材・ソフト・テクニックなどについては、改めて詳細にレポートしたいと思います。

話をニ短調のコンチェルトに戻しますと、編成は、リュート(ギター)・ヴァイオリン1・ヴァイオリン2・チェロの4部構成です。ストーンの提案のとおり、各パートはそれぞれ一人ずつでダブりはなし。ギター用に編曲するにあたっては、弾きやすさを第一に考慮して、ホ短調としました。今のところ、出来れば全楽章をアップしたいとは思っているのですが、とにかくやたらに手間がかかるもので、いったいどうなることやらわかりません。でも、何が一番手間がかかるかと言って、実際にギターを持って練習し、弾けるようにすることほど手間のかかることはありません。それに比べれば、PCを使っての打ち込み・編集作業など、チョロイものです。

2005年3月22日 ジュリアーニ Op61、 大序曲

この曲については、色々と思うこと、思い出すことがたくさんあって、いったい何から書き始めればよいのか、迷います。でも、なんと言ってもこの曲にまつわるあれこれで心に残っているのは、札幌の佐藤寿一先生の教室に通っていたころのことでしょう。

自己紹介(ギター編)にも書いたことですが、大学に入った時点で、私には6年のキャリアがあったわけですが、実質的に完全な独学で、弾ける曲と言えば、有名なかっこいい曲のサワリばかり。魔笛のサワリ、アストリアスのサワリ・・・。アルハンブラは「これでもトレモロか」というような痩せた、いびつな音で、一応終わりまでは弾きましたが、pamiでは出来ず、不ぞろいなpimaでごまかしているような状態でした。 そんなレベルで入部したのが、北大のマンドリンアンサンブル、「チルコロ・マンドリニスティコ・アウロラ」でした。ギタークラブに入らなかったのは、大して深い考えがあったわけでもなく、単に天邪鬼だっただけのことです。当たり前のことをするのが、いやで仕方のない性格なのです。

クラブには上手い先輩やOBもいて、たいへんな刺激を受けました。一年生のときは、メカニックばかりやっていました。「メカニックばかり」というのは、誇張でも何でもありません。本当に、メカニックばかりやっていたんです。朝から晩まで何時間も、スケール、アルペジオ、スラーの練習をして、厭きませんでした。今でも、私の持っているわずかばかりの技術の90%は、あの一年間で身につけたものだと思います。スケールなども、先輩から「指が暴れてはスピードが上がらないので、弦から5ミリ以上指を上げないように」などといわれると、実際にものさしで5ミリを測って、バカ正直に練習したものです。19歳でした。今にして思えば、若いというのは、すごいことです。半年もしないうちに、セゴビアのハ長調の2オクターブのスケールなら、imでメトロノーム160くらいで弾けるようになりました。maでも140くらい。ヴィラ・ロボスのエチュード一番なども、数字は覚えていませんが、レコードと同じようなスピードで弾けるようになっていました。ただ、練習パターンが少なすぎて、ある得意なパターンを外れると、まったく弾けないというような、とてもバランスの悪い技術になってしまっていました。例えば、セゴビアのスケールにしても、imは良いけれど、miだと急に100くらいにスピードダウンした上に、ボロボロ音をはずすとか・・・

言うまでもないことですが、こういうアンバランスな技術は、曲を弾く上であまり役に立ちません。曲を作るときに問われるのは、総合的な技術なのであって、どこかにメカニックの弱点があると、簡単な曲でもきちんとは弾けないものです。その上に、私の場合、どこかにメンタル・ブロックがあって、音楽を表現するということが出来ませんでした。音楽の演奏には、役者の演技のようなところがありますね。同じ台詞でも、プロの役者が読むのと、シロウトの棒読みでは、まったく違います。台詞を読むという行為は、単に読むのではなくて、その台詞にこめられている、役上の語り手の気持ちを追体験しながら発音することだと思います。要するに、役になりきるということでしょう。私は役者ではありませんから、これは単なる想像ですが、役になりきるためには、自分を少し普通とは違った精神状態に持っていってやる必要があるでしょう。素の自分の部分はゼロになるわけではないでしょうが、よほど小さくなっていないと、とても気恥ずかしくて、芝居の台詞など口に出せないように思います。楽器の演奏にも同じようなことがあって、上手く言葉では説明できませんが、私の場合、曲を弾くときには、頭の中でなにかのスイッチがカチリと切り替わります。というか、切り替えてやらないと演奏にはなりません。同じギターを弾いている状態でも、メカニックの練習をしている時とは、全然違うメンタル・モードで弾いています。そして、このモードは、たいへんなエネルギーを消費するようで、そんなに長い間維持できるものでもありません。何だか、話が横道にそれてきましたが、要するに、当時はこういうことがわからなかったということです。メカニックの練習と同じ精神状態で曲を弾いていたのでしょう。まあ、それしか知らなかったのですから、無理もないことですが。

で、自分なりに悩んだ結果、「やはり、先生に習おう」ということになりました。当時、佐藤寿一先生は、札幌で売り出し中の若手で、東京のコンクール、今の東京国際でも上位に入賞されていました。狸小路にあった土倉を改造したギター屋さんの店舗の二階にレッスンを受けに通いました。初心者ではありませんでしたから、入門して最初のレッスンでは、まず、見極めのためにスケールを弾くように言われました。先生は、私のスケールを見て(聴いてではなくて)一言、「よっぽど、練習したでしょう」とおっしゃいました。まあ、ほんとに、左指が指板に張り付いたようなスケールを弾くわけですから、そんな、独学者はめったにいるものではありません。で、次になにか曲を、ということになりました。何を弾いたのか覚えていませんが、これが、全然弾けない。おそらく、先生は「おかしなやつがやってきた」と思われたことでしょう。カルカッシの教本の後半から初めて、25の練習曲は半分くらい。課題曲は、ソルのメヌエットなどをいくつかやって、その後、同じくソルの変奏曲集から、あまり有名でない曲を1曲、そして、最後に弾いたのがジュリアーニの作品61、大序曲だったのです。 ようやく本題に入りましたね。確か、1年くらい習ったのだったと思います。大序曲をやるころには、頭のスイッチを切り替えることが出来るようになっていましたから、一応、曲を弾く準備は整っていました。このスイッチの切り替えということは、少しずつ、だんだん出来るようになったのではなくて、それこそ、ある日突然出来るようになりました。それは、とても不思議な体験でしたが、それについては、また後日機会があれば書きます。

こういう経緯でたどり着いた、わたしにとっては初めての大曲、大序曲だったわけですが、このころには、私のメカニックのアンバランスも多少は改善されて、先生も「君はテクニックがあるのだから、ぜひ一つ、勲章をとらせてあげたいね」などと言ってくださるようになっていました。勲章というのは、コンクール上位入賞。今でも開催されているのかどうかは知りませんが、当時、札幌でコンクールといえば、北海道ギターコンクールのことでした。「この曲が仕上がるようなら、出場してみたら」という話だったのです。まったく皮肉なことではありますが、このころから私は、急激にクラシックギターへの興味を失ってしまいました。ギターがつまらなくなったのではなくて、他のジャンルのギターが、たまらなく魅力的に聞えるようになったのです。具体的には、パコであり、バーデン・パウエルであり、ジョー・パスであるわけですが、今から思えば、ものを知らなかったと思います。単に、となりの芝生が青く見えたというだけのことです。まあ、二十歳の青年というのは、本当におろかなもので、結局教室は、先生にろくに挨拶もしないまま辞めてしまい、ジュリアーニの大序曲は、中途半端で仕上がらないまま、以後、25年間捨て置かれることになったわけです。

上のように書けば、まるで「あのままコンクールに出ていれば、上位入賞できた」と言っているように聞こえるかも知れませんが、もちろん、間違ってもそんなことにはならなかっただろうと思います。ステージで完奏できたかどうかも怪しいものです。ただ、人間、45歳にもなれば、つい、あり得なかったこととは知りながらも、「ああだったかも知れない自分」、「こうだったかもしれない自分」に思いを馳せることがあるものです。このこと自体、二十歳の時の自分の無見識と同じくらいに、おろかなことなのかも知れません。

やたらに長くて、センチメンタルなだけで、録音の話などはさっぱり出てこない宅録日記になってしまいましたが、どうぞご勘弁いただきたいと思います。今回の録音は、昨年の暮れから三ヶ月練習たものを、前半を3月19日に、後半を21日録り、一つのファイルにまとめたものです。  

2005年1月9日 ヴァイスのソナタ「不実・・」より ミュゼット再録音

今回は、「不実・・」のミュゼットの二回目の録音です。掲示板に書いたように、どうしても気になるので、やはり、再録音ということになりました。よほどの腕前のプロでもない限り、自分の録音に100%満足できる等ということはないでしょうから、私たちアマチュアが自分の演奏を聴いて、いろいろと不備なところが気になるのは当たり前です。しかし、不満足な点は多いにせよ、録音によって、その時点での自分の実力を考慮すれば、ある程度納得のゆくものと、そうでない演奏があります。「まあ、この先、一、二月練習しても、大した進歩は期待できないなあ」と思えれば、あきらめもつくわけですが、「どうして、こんな風に弾いてしまったんだろう。もう少し何とかなるんじゃないか」と思えてならない録音というのが、やはり、あります。「不実・・」の6曲の場合、ミュゼットが、まさに、それです。前回の宅録日記の言い方を使えば、攻めと守りのバランスが、守りの側へ偏りすぎているように思います。

というわけで、今回は、ややテンポアップして、思い切りよく弾いたつもりです。前回が5分と少し、今回が4分30秒ほどですからかなりの違いですね。また、表現の点でも、いろいろ、こまごまと思いついたことを盛り込んでおきました。まあ、勝手に面白がっている本人以外には多分わからない、本当に些細なことなのですが。結果的に、曲全体のイメージは、私が考えていたものに近くなりましたが、テンポが上がって難しくなった分だけ、音が汚れたり、抜けたりするキズは、かえって増えてしまったように思います。でもまあ、それは仕方ないことと思って、あきらめました。したがって、こちらを現時点での決定版としたいと思います。

録音作業の方は、日曜の午前中に終えてしまうはずでしたが、一時間ほど悪戦苦闘してもボツの山で、かなり凹みました。昼飯を食べて、昼風呂に入り、気を取り直して夕方からまた録音を始めて、青息吐息でOKを出したのがこのテイクです。5分の曲でこれですから、もう少し長い曲になったらどうなるんでしょうか。何か集中力を高める方法を考えないと、と思います。

それから、一つへ理屈を書いておくと、組曲として弾く場合、終曲のペザンヌが、異教徒を打ち破った王家を称える曲であるならば、それにつながる、このトルコ風のミュゼットが、元気よくフォルテで終わってしまったのでは、まるでトルコが戦争に勝ったようでしょう。そこで、「この曲は、最初は攻勢であっても、結局は敗れたトルコを象徴するように、最後で尻すぼみにならねばならない」という珍説を立ててみました。そう思って二度目の録音の終結部を聞くと、テンポを緩めつつ、だらだらと下がってゆく下降音型に、敗走するトルコ軍が見えるようではないですか・・・・ところで、こういう私の寝言を、真に受けて先生に言ったりすると笑われますので、くれぐれもその辺はお気をつけて。