ちょっと長い自己紹介 (ギター編)

私は音楽とは本当に縁の薄い子供時代を過ごしました。両親は、まったく音楽に興味のない人たちで、テレビでも歌謡番組になると、決まってスイッチが切られるのでした。学校では、音楽の授業は大の苦手で、通知表はいつも5段階の2か3でした。ピアノを習っている女の子たちばかりがやたらに良く出来て、なんて不公平な科目なんだろうと思っていました。それでも、リコーダーだけは好きで、耳に覚えのある旋律を吹いてみては、普通の(ハ長調の)ドレミファだけでは吹けない旋律のあることや、同じ旋律でも違う音から始めると(移調すると)、あちこちで半音上げたり、下げたりしなくてはならないことを発見したりして、悦にいっていました。

中学校に上がったころ、世の中はまだギターブームの最中でした。放課後の教室からは必ず、禁じられた遊びや、サイモンとガーファンクルの曲なんかが聞こえてきたものです。私も、お年玉をはたいて、9000円のクラシックギターを買ってきました。別にギターが好きだったわけでもなんでもないのですが、ただ、中学生になったらギターを弾くもんだ、なんて、漠然と思っていたのです。クラシックを選んだのは、単に他のジャンルの音楽を知らなかっただけのことです。世界が変わったのは、友達の貸してくれた、ジョン・ウィリアムスとジュリアン・ブリームの二重奏のLPを聴いてからです。それまでに聴いたどんな音楽よりも美しいと思いました。今でも、これが私のギターの原点だと思っています。

わりと几帳面な子供だったので、習いにこそ行きませんでしたが、ただいいかげんに独習するのではなくて、東京音楽アカデミーの通信講座をきっちりやりました。そして、努力の甲斐あって、3年生の文化祭では、サグレラスのマリアルイサをステージで独奏するに至ったのです。私は、この生まれて始めてのステージ体験に極度の緊張に陥ってしまい、最初の上昇スケールで頭が真っ白になると、完全に曲を忘れてしまいました。文字どおりの立ち往生。友達が楽譜を持ってきてくれましたが、譜面を見ながら弾けるくらいなら、小学校六年間にわたって、通知表に2と3のコレクションをしたりはしません。今でもどうやって最後までたどり着いて、ステージを降りてきたのか覚えていません。これが一種の刷り込み現象になったのでしょう、あれ以来、人前でギターを弾くのは本当に苦手です。

高校時代はクラシックギター部に在籍していました。しかし、このクラブには指導者もなく音楽的には不毛でした。本格的にギターに取り組むようになったのは、北大でマンドリンオーケストラに入部して以来です。このクラブは結構歴史も古く、ギターパートの先輩にはかなりうまい人もいたのです。目の前で、ソルの魔笛をほとんどノーミスで弾いてくれたりして、アマチュアでも努力次第でこんな演奏ができるようになるんだなあと思うと、目からうろこが落ちたように思いました。ギターも中出敏彦の30号を手に入れて、授業にもろくに出ず、それこそ朝から晩まで弾いていました。まあ、大学時代にギターアンサンブルなんかにのめりこんだ人はみんなそうでしょうけれど。先生にもつきました。札幌の佐藤寿一先生に、一年くらい教えていただいたでしょうか。残念なのは、この時期あまりにも急に音楽の世界が広がりすぎて、自分の本当にやりたいことを見失ってしまったことです。パコデルシアや、バーデンパウエルや、ジョーパスなんかを聞いているうちに、迷ってしまったんですね。そうこうしている内に学年も進み、さすがに実験主体の有機化学専攻の学生としては、学校へ行かざるを得なくなってきました。4年生以後、修士を終えるまでは、本当に実験が忙しくて、ギターどころではありません。就職してからも、公私共に不安定な時期が続き、ギターはたまにケースから出してきては友人の結婚式のために練習するとか、その程度の付き合いになってしまいました。

また、十数年ぶりにギターを本格的に再開することになったきっかけは、やはり、数年前に大病をしたことです。この辺のことは、「食道ガンのこと」 に詳しく書いてあります。

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