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師事にいたる経緯 さて、表のサイトに書いたような事情で私が本格的にギターを再会したのは、二度目の手術の傷もほぼ癒えた99年の夏のことでした。本格的に再開といっても何のことはない、毎日一時間くらいは練習するようになったというだけのことなのですが。再開にあたってまず考えたのは、「基礎からゆっくり、無理をしない」ということでした。思うに、私の学生時代のギターへのアプローチというのは、限られたパターンの技術練習を徹底的にやって、ある程度指を作ったら、とにかく派手でかっこいい曲に闇雲にチャレンジするというものでした。古典の曲が好きだったから、ソルなら「魔笛」とか「グランソロ」とか、ジュリアーニなら「大序曲」や「エロイカ」、その他にはバリオスの「大聖堂」とか。 まあ、今にして思えば大変な情熱だったと思うけれど、いかんせん、積み上げた基礎がないものだから、そこそこ弾けるようになっても完成度が上がらないのです。ギターを始めたばかりのクラブの後輩たちをびっくりさせるのには十分でも、耳の肥えた人の前で弾けるほどには仕上がりませんでした。だから、当時の反省をもとに、今回は少し地味にアプローチしてみることにしました。「ギタリストなら当然練習しておくべき基本的なエチュード」をきっちり勉強しておこう、ということです。ピアニストだってショパンにたどり着くまで、「バイエル」、「ツェルニー」、「ソナチネ」、それに例の「ハノン」。(もっとも、今はこんなメソッドじゃあないかもしれませんが) バイオリンなら、「カイザー」、「クロイツェル」とか。ギターだけが、いきなり「大聖堂」では虫がいいと思うのです。 選んだエチュードはカルカッシのop60、「25の練習曲」とセゴビア編のソルの「20の練習曲」でした。先生がいませんので、自分の演奏を録音してみては、ほぼ満足のゆくテイクが取れた所で次に進むようにしました。ミュージックファイルのコーナーのカルカッシ15番はその最新録音です。これは結局、カルカッシは15番まで、ソルは8番までやって現在中断中です。中断した理由は、このやり方だとぜんぜん世界が広がらないからです。イギリスには日本のようなアンサンブルのグループも多くないし、私の場合まわりにギターを弾く人もいないので、まったく孤立してしまうのです。この閉塞状態を打開するのに私のとった手段は; 1.講習会に参加する (これについては後日、レポートをアップします) という、ごくあたりまえのものでした。ただ、病み上がりで体に自信のないことが習いにゆくのを躊躇させていました。土日は「とにかく休養したい」というのが本音なのです。しかし、「続かなければ、それはそれで仕方がない」と思い、とにかくやってみることにしました。Classical Guitar誌のを見ると、オックスフォードでは三人がギター教授の広告を出していました。そのうちの一人にメールで問い合わせをしたところ、あいにく、その人は「もう個人教授はしていない」ということでした。そのかわり、ジェラルド・ガルシアがオックスフォードに住んでいることを教わりました。 実はそれまで、私はジェラルドの演奏はそんなに好きではなかったのです。CDでヴィラ・ロボスなどのの録音を聴いても、福田進一の演奏が「洗練されていて、シャープ」だとすると、ジェラルドのは「ごつごつしていて、無骨」な印象を受けました。音も、なんだか、「この人いつ弦を変えたんだらう?」なんて、思ってました。でも、不思議なもので、生で彼の演奏を聴き、彼の意図する音楽がイメージできるようになってから改めて聴いてみると、ぜんぜん違った印象なんですね。習っているうちに波長が合ってくるということもあるのでしょうか。今では彼のヴィラ・ロボスはとても好きです。 というわけで、ガルシアとは何回かメールをやり取りした後、2001年の5月から月に一回くらいのペースで彼の自宅にお邪魔してレッスンを受けることになりました。一回目のレッスンでは、とりあえずガルシアの25の練習曲集から2曲をさらってゆき、その他にソルの練習曲を何曲か、それから「11月のある日」弾きました。このときたまたま、ヴィラ・ロボスの曲集を持っていたのが彼の目にとまり、「じゃあ、ヴィラ・ロボスでもやるか」ということになったのです。ヴィラ・ロボスは私も前からやってみたかったのですが、楽譜には誤植が多いようだし、ハーモニクスはややこしいし、運指にも色々裏技がありそうだし、独習するのにはちょっと敷居が高かったのです。ちょうどいい機会だと思いました。あれから、半年(2001年、11月現在)、これまでにレッスンした曲は; 前奏曲1番、2番、4番、練習曲1番、11番、ブラジル民謡組曲より ワルツ-ショーロ (ヴィラ・ロボス)、シャコンヌ (ヴァイス)、11月のある日 (ブローウェル) の8曲です。演奏のクオリティーはともかく、わずか半年の間にこれだけの曲を曲がりなりにも暗譜して弾いたということは、私には「ちょと信じられないくらい」画期的なことです。あらためて、レッスンを受けることで「自分を追い込んでゆく」ことが能率の良い練習のためにとても重要だということがわかりました。 つまらないことをくどくど書いてしまいましたが、次からは、レッスンの様子などをご紹介してゆきたいと思います。
この日は、道がやや混んでいたために約束より10分ほど遅れて、三時過ぎにガルシア宅に到着た。 「やあ、しばらくだったね。元気だったかい?」 などと話しながら、いつものように二階のレッスン室へ上がった。ガルシアがお茶を淹れてくれている間に、早速ギターを取り出してウォームアップをする。今日は、ヴィラ・ロボスの練習曲11番と、前奏曲2番をレッスンしてもらう予定だ。ガルシアが中国茶を急須に淹れて上がってきたので、しばし二人で「ズ、ズ、ズ」と茶をすすり、雑談をしてから、練習曲11番から弾き始めた。この曲のレッスンは三回目だ。 さすがに、指が十分に温まっていない一曲目にこの曲はつらい。中間部の、Eを連打するアルペジオ風のところでは、指がばらついて空中分解寸前となる。「ここで、止ってなるものか」何とか形にして、最後までたどり着いた。 「うん、特にもう言うことはないよ」とガルシア。 「嘘だろう?」と思ったが、すぐに考え直した。大体、この人は完全に仕上がるまで、一曲を何度も何度もレッスンするということはない。たいていの場合、曲のイメージが正しく把握できて、技術的にもそれほど大きな破綻なく、通して弾けるようになったところでレッスンはおしまい。後は「自分でやりなさい」ということだ。 案の定、「ただ、もう少し右手の技術を見直したほうがいいねえ」ときた。わかりやすく説明するのは難しいが、ポイントは次のとおり; 1.i、m、aは指の付け根の関節から、指先を手のひらのほうへ巻き込むように動かす さらに、これらを実現するための効果的な練習方法について教えてもらった。話をしていると、現代ギターに連載中の、高田元太郎さんによる「カルレバーロ奏法」の解説と共通するところが多いのに驚いた。「演奏法の原理」の方もしっかり読んだほうが良いようだ。 次に、前奏曲二番。 「この曲は、一種のジョークだと思って、おどけた感じが出るように弾かないと」といって、始めの一小節を弾いてくれる。「ピアノで始めて、A♯に向かってクレシェンド。このA♯にはアクセント。でも、強すぎず、たっぷりした甘い音で。Bに向かってのスラーは、拍をためて。続く下降のアルペジオはさらりと」この部分だけを、何度も何度もガルシアのイメージどおりになるまで繰り返した。ようやく感じがつかめたところで、最後まで通して弾いてみた。いつものとおり、細かい運指変更のサジェスチョンがでる。そして、いつものとおり、すぐには対応できない。「運指は、即座に変更できるようにならないと」とガルシア。そういわれてもねえ。 この曲は、急速な上昇、下降のパッセージが多いので「右手の運指を、合理的に決めて置くように」とのこと。9小節目の上昇スケールは、スラーを使うと不自然に拍が分割されるので、全部弾くように指示された。 「アルアイレですか、アポヤンドですか?」 この人は、こういうことはあまり気にしない。私はアルアイレを採用した。アポヤンドだと、どうもドタバタする。中間部の5、6弦でメロディーを弾きながらの6音のアルペジオは、p、i、m、a、i、a、m、iの運指で弾いていたけれど、これはこれでOK。ということで、次回までにもう少し弾きこんでくることにして、今日はこの曲はおしまい。 次に、このホームページにもアップしてあるヴァイスのシャコンヌの録音を聴いてもらって、装飾音のことについてディスカッションした。やはり、こういうものは耳から聴いて、雰囲気を覚えるのが一番なので、普段からこの時代の音楽をCDなどでよく聞くようにとのことだった。ナイジェル・ノースのリュートの録音を聴くことを薦められた。彼はバロック時代の装飾法の研究家でもあるそうだ。 最後に、今後レッスンしてもらう曲について相談した。ヴィラ・ロボスはかなりまとめてやったので「今度はスペイン物(ギターオリジナル)でもやろうか」ということになった。「アセンシオはどうかな」といって、ガルシアは「内なる想い」の第一曲を弾いてくれた。「こんなん弾けるんかな?」と思いつつも、おそらくガルシアのペースにはまり、この正月はアセンシオを弾いている気配が濃厚な私であった。 考えてみれば、このガルシアとのレッスンレポートも一年以上全く更新していません。なんと言っても主な理由は今年一年間ろくにレッスンに行けなかったこと、それから、やはりホームページの更新よりはギターを弾いているほうが面白いこと、でしょう。まあ、そういってしまってはホームページを運営している意味がないのだけれど。と、前置きはともかく、今後はレッスンのことに限らずいろいろと考えたことなどを、ここに書いてゆこうかな、と思います。あまり計画性のない性格なので、ほんとのところはどうなることやら保証の限りではありませんが。ちなみに、ギターの音響学の話、覚えていらっしゃる方もいるかもしれませんが、あちらのほうもゆっくりとですが勉強は進んでいます。ただ、コンテンツにするのは思ったより難しいのです。こちらの方は来年の課題にしたいと思います。 レッスン 長い間の病欠後の初レッスンということもあって、ついつい会話は病気のことへ。がんで死を意識した時に人は変わるか?などというやや重い話をした後で弾き始めたのがペルナンブーコの「鐘の響き」。メインのレッスンはアセンシオの「内なる想い」から、第1曲、「la Serenor」。トランキーロ、静寂、という表情指定があるものだから、私はやや静かに弾きすぎたらしい。考えていたよりもはるかに激しい表現を要求されて、とりあえず曲のイメージを軌道修正した。それから、いつものように運指の話。イエペスの運指は音色を優先してか、メロディーが同一弦上を動くようになっている部分が多いのだけれど、これだと中、低音部の音が途切れるところがあって、これがジェラルドには気に食わない。結局全面改訂ということに。あとは、ベースの付点のリズムを厳しくとりすぎないこと。まあ、この曲は何とかなりそうだ。 そして、問題の第二曲、「La Joia」。とりあえず弾いたが、さっぱり音楽になる気がしない。第一曲と同じように、運指を丹念に見直して音だけは拾った。技術的には、あちこちに出てくる高速スケールと中間部のラスゲアードの処理が問題だ。現状では明らかに私の能力を超えているというのが正直なところだ。逆にいえば、これが弾けるようになれば、確実にステップアップしたことになるだろう、と考えれば少しは気が楽か。一年くらいは弾きこむことになるだろうな。 曲のこと以外にもあれこれ話したけれど、今イギリスに留学中のジューフェイ・ヤンがそろそろ卒業なのだけれど、仕事がなくて困っているそうだ。(彼女のホームページはここ、http://www.xuefeiyang.net/xuefei.html) ティーチングポジションが手に入れやすいという意味では、アメリカの方がはるかに仕事が探しやすいのだけれど、彼女はアンティゴーニのようにアメリカには行きたくないらしい。ジューフェイほどの人でもそうなのだから、音楽家の世界は厳しい、とあらためて思った。
いつものように、中国茶をすすりながらまずは二人で雑談。 今回のお話はカタかったですよ。動物愛護団体と製薬企業の倫理の問題、DNAに特許権を主張することは許されるか、、、etc。 「ところで、今は何を弾いているの?」って、師匠それはないでしょう。まあ、たまにしか来ない私も悪いけれど、アセンシオなどを課題に出して苦しめておきながら、自分のしたことを忘れないでいただきたいものです。ということで、今回は五曲中、最初の3曲を弾きました。 La
Serenor ペダルとしてリズムを刻みつづけるベースのAの音が目立ちすぎる。 あくまでバックグラウンドに留めておくように音量をコントロールすること。 押さえの難しい小節頭の和音に必要以上にアクセントがつきすぎる。 また、和音のトップノート、旋律の音を際立たせるために、和音をアルペジオ風に弾いているが、そうすると、どうしてもリズムが甘くなる。4−5音の和音、すべてを同時に弾いてもトップの旋律音を強調することは可能。よく自分の出している音を聞いて、中低音の伴奏と、旋律音を発音しわけること。アルペジオを多用しすぎないこと。使う時は、ベースノートをやや早く弾き始めるなどして、トップノートが拍の頭に来るように調節すればリズムがずれるのはある程度防げる。 8小節1拍目 Cの音が落ちる。これが落ちては、レゾリューションにならない。 27小節、後半に入る前、ディミヌエンド。 50小節はリズムどおりに。2拍目のベースのAの音の後で待たない。 全体にフォルテの音が汚い。タイトルにふさわしい、メロウな音を求めること。 La
joia 弾き終わったとたんに、「コングラチュレーション!」をいただきました。青息吐息の演奏でしたが、ジェラルドは、まさか私がこの曲を本当に完走できるとは思っていなかったのかも知れません。 3連譜を装飾音的に弾かない。これはこの曲全体を統一する大事なリズムのエレメント。 12小節1拍目Eの和音は大事な解決の和音、きっちり鳴らしここでフレーズをきる。 17小節の上昇音型はスタッカートといっても、短く切り過ぎない。後の音にかぶらないようにと考える。ここは、やわらかい音が必要。 18小節以降、ドルチェの部分はペダルのGはバックグラウンドに。後半の類似個所も同様に。 たびたびでて来る速いスケールは良く弾けている。 28、29小節、上昇音型と下降音型が対称形であることを意識する。この八分音符は軽くスタッカートして、やわらかく。 59小節は3拍目からがメロディー。フレージングを良く考えること。 エンディングのラスゲアードは今のイメージでOK。 La
Calma 全体に甘く太い音を求めること。運指も1弦よりも2弦を多用したものに変更。 リズムを正確に。まず、ハーモニクスをすべてとって、実音部を正確に弾けるように練習する。最後は機関車の車輪がゆっくりと停止するようなイメージで。テンポが遅くなってゆくのであって、アルペジオを遅くするわけではない。前の2曲と同様に、和音中での旋律音の処理に注意。押さえの難しい和音を、難しそうに弾かない事。 La
Gaubanca 二人でざっと音拾い。ラスゲアードはフラメンコ風にpimを使ったものに変更。例のダブルスケールは、目の前でやって見せてもらいました。さすが、お見事でした。 その他のコメントとしては、私の今の楽器(コントレーラス、N4)にこれ以上を要求するのはちょっと無理かもしれない、との事。サウスウェルに乗り換えることにしたのは、全く、時期適当ということでしょう。さらに 今度、ポール・フィッシャーの工房へいっしょに行って見ないかと誘われました。ポールはジェラルドとは古い友達なんですね。ポール・フィッシャーは最近、長い間研究中だったスモールマン風のラティスブレージングのギターの仕様を確立したため、実験的な製作によるばらつきが少なくなって、最近の作品はどれもすばらしいとの事。工房へ直接注文すれば、4500ポンド(81万円)だそうです。ウェイティングリストは5年くらいらしいけれど、工房へ行ったら一本注文せずに帰ってくるのは難しいでしょうね。 アセンシオがあまりにも難しいので、もう少し易しいものも並行してやりたい、というと、 「それなら、やはり、バロックだな」 何で、この人私にバッハを弾かせたがらないんだろうな、、、、、、 「ヴァイスは、なかなかいい編曲譜がないですね」 といって、貸して頂いたのが、 S
L Weiss です。 さて、お待ちかね(?)のゴシップです。 シューフェイ・ヤンの近況。なんと、ジョン・ウィリアムスが彼女のマネージャになったらしい。今後、彼が、彼女のコンサートなどをプロモートして行くそうです。しばらく前のロンドンでのリサイタルはとてもよい出来だったそうで、これがエイジェントの目にとまり、ドイツグラモフォンからアルバムがリリースされるそうです。 ジョン・ウィリアムスは、現在ベネズエラ音楽を中心にしたアルバムをソロアルバムを製作中。ラウロや彼以後の現代のベネズエラの作曲家の作品が収録される予定との事です。 ガルシアは、最近は作曲に専念していて、今回レッスンに行ったときは、ちょうど金管と合唱のための曲とピアノ曲を仕上げたところでした。先日ドイツで初演された、バイオリンとギターのためのダブルコンチェルトも好評だったそうです。イザローンフェスティバルのギターオーケストラのための作品の作曲にはまだ手をつけていないということでした。
続く
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