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閑話休題
最近の抗がん剤開発
代替医療と市場原理
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最近の抗がん剤開発
基礎編
私はガンの専門家ではありませんが、仕事の関係上、抗がん剤の開発とはまったく無縁だというわけでもありません。ここでは、自分の頭の中を整理する意味で、最近の製薬関係者がどんなことを考えてガンの薬を開発しようとしているのかを、私なりにまとめてみたいと思います。最近の生化学や分子生物学に縁のない方には、途中わけのわからない専門用語が出てくるかもしれませんが、あまり気にせずに読み飛ばしてください。
さて、ガンの薬のことをお話する前に、まずガンとはどんな病気なのかを考えてみましょう。実は、この問いにはとてもたくさんの問題が含まれています。答える人の立場によって、つまりその人がいわゆる西洋医学の医者か、漢方医か、自然療法の信奉者か、などによっていろいろな答があると思います。創薬化学の立場からは「ガンは遺伝子の損傷を原因とする細胞の病気」と考えます。
人間の体はご存知のようにそれこそ無数(約30兆)の細胞から成り立っているわけですが、その細胞の振舞いは実に緻密にコントロールされています。例えば、皮膚の細胞はいくら分裂を繰り返しても皮膚の細胞で、突然筋肉になったりはしません。また、むやみやたらに増えたりすることもありません。だからこそ、私たちは一生の間ちゃんと人間の形を保っていられるのです。これがうまくいかなくなると、クローネンバーグの名作「フライ」のようなことになるのですが、これは映画の中だけの話。
このように細胞の振舞いをきちんとコントロールするのは遺伝子のはたらきですが、ガンというのは何らかの理由でこの遺伝子の一部が壊れてしまう(突然変異)ことによって起こります。しかし、生き物には壊れた遺伝子を修復したり、異常をきたした細胞を自殺に追い込んだりする機能が備わっています。このため、少しくらいの突然変異ですぐにガンになることはまれです。しかし、長い間に遺伝子の中の壊れた部分が、一ヶ所だけではなくて、3ヶ所、4ヶ所と積み重なってくると、この防御機能をもってしても対処しきれなくなって、細胞はいくつかの中間的段階を経てガン化するのです。
ガン化した細胞にはいくつかの特徴があります。まず、通常の細胞に比べてはるかに急速に、無制限に増殖します。また、その形は本来の正常な細胞の形を失って、なんだかわからないもの(未分化の状態)になってきます。一般に、この形の異常が大きいほどガンの悪性度は高いと考えられます。分化の程度の低い細胞は周囲の正常組織へ侵入し、あるいは、血液やリンパ液の流れに乗って、体の中の遠く離れた組織へ転移する能力を持っています。
こういうがん細胞の集まり、つまり腫瘤が生命の維持に必須の臓器である肺や、肝臓などを侵すことによって人は死に至るわけです。また、腫瘤があまりに大きくなると、からだ全体の生化学的プロセスのバランスが崩れて(悪液質)死亡するケースも見られます。
さて、現在世に出ているガンの薬(抗がん剤)のほとんどはいわゆる「細胞毒」といわれるものです。多くの場合、その作用機序(薬の効く仕組み)は「細胞内の遺伝子に作用してその正常な機能の発現を妨げる」というものです。これまで、創薬に携わる人たちは植物や、動物や、微生物の生産する物質を集めてきて、あるいは化学的な方法で合成して、がん細胞に与えてみては、毒として作用するものを探してきたわけです。その結果、いくつかの有用な抗がん剤が見つかっているわけですが、このアプローチには実は致命的な欠点があります。それは、こうしたスクリーニングで見つかった細胞毒性を持つ物質は「正常な細胞とがん細胞をほとんど区別することが出来ない」ということです。抗がん剤というのは普通の健康な細胞にとっても立派な「毒」なのです。
正常細胞と、がん細胞を区別するというのは実は大変難しいことなのです。いくらいくつかの突然変異が起こったからといっても、がん細胞は基本的に病人本人の細胞です。外から侵入してきた病原体や細菌などに対しては有効な免疫機構も、本人の細胞であるガンに対してはそれほどうまく作用しません。ペニシリンなどの抗生物質が感染症に対して非常に有効なのは、細菌とわれわれ人間の細胞の仕組みが大きく異なっているため、抗生物質は細菌だけに毒として作用するからです。このあたりが抗生物質などと比べて抗がん剤の開発が難しい原因になっています。
それでも、正常細胞とがん細胞を区別せず作用するような抗がん剤が薬として用いられているのは、がん細胞が正常細胞に比べてはるかに急速に増殖、分裂しているからです。活発に活動している細胞ほど抗がん剤の影響を強く受けるわけです。ですから、正常細胞でも分裂速度の速いもの、例えば消化管の上皮細胞や、骨髄の造血細胞などは抗がん剤によって強いダメージを受けます。このため、ガンの化学療法には、吐き気や食欲不振、白血球の減少による免疫機能の低下、脱毛などの副作用があるのです。免疫機能の低下は、特に深刻な問題で、たとえ無菌室で治療を行っても感染症の危険はぬぐいきれません。また、副作用が強すぎてガンを消滅させるほどの量の抗がん剤を投与できないことも多いのです。このように、抗がん剤による治療というのは「肉を切らせて骨を断つ」とでも言うか、ある意味で捨て身の作戦といえなくもありません。
それでは、正常細胞には無害でがん細胞だけを殺すような抗がん剤を作るのにはどうすれば良いでしょうか。すでに、お話したように正常細胞とがん細胞の違いはガン化した細胞に起こったいくつかの突然変異にあります。ですから、がん細胞だけに作用するような薬の開発のためには、ガンを遺伝子のレベルで考え、その突然変異を起こした遺伝子の作り出す(コードしている)物質、具体的にはたんぱく質であり、さらに具体的には酵素や、レセプターや、細胞内のシグナル伝達物質であるわけですが、こういう物質の働きを分子レベルで考えてゆくことが必要になってきます。
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血管新生のこと
抗がん剤の開発にあたっては、がん細胞に直接に作用する物質を探し出すのが、本来のアプローチですが、実は、もう少し間接的な攻め方も考えられるのです。それはガンを兵糧攻めにするという作戦です。ここではこの「ガンの兵糧攻め」と血管新生のかかわりについてお話したいと思います。
がん細胞といえども成長のためには細胞の外から各種の栄養や酸素を取り入れ、老廃物を排出しなければならないという点では、正常細胞と何も変わるところはありません。ヒトの体の中で、このような物質の運搬を担っているのは、言うまでもなく、血管です。体中にくまなく張り巡らされた血管、そして組織の末端においては、髪の毛ほどの太さの毛細血管が細胞の生存に必要な栄養や酸素を全身に送り届けているのです。
ところで、胃ガンや大腸ガンなどのいわゆる固形ガンは、臓器の表面の上皮細胞がガン化したものです。この上皮細胞というのは、血管を作っている内皮細胞とは異なった種類の細胞で、それ自身は血管を形成することが出来ません。ですから、ガン細胞が増殖して腫瘍が大きくなってくると(大きいといっても、1−2mm3 程度ですが)、腫瘍の中に血管が通っていないため、中心部まで酸素などが行き渡らず、腫瘍は中心部から壊死をはじめます。この中心部の壊死と、表面の増殖の速さのつりあったところで、腫瘍の成長は見かけ上、止まってしまい、ガンはこのままではそれ以上大きくなれません。この大きさではCTなどの画像診断では、病巣を見つけることは困難です。初期のガンや、転移病巣は多くの場合、この状態にあると考えられます。
しかし、より悪性度の高いガンには、この状態を打開して、さらに大きく成長するためのメカニズムが備わっています。すなわち、がん細胞自らがある種のたんぱく質を分泌して、このたんぱく質が微小な腫瘍の周りの血管を作っている内皮細胞に働きかけて、周辺の血管から腫瘍の内部へ向かっての毛細血管の成長を促すのです。こうして、栄養の補給路である血管を自らの中に引き入れてくることによって、ガンは今までのサイズの限界を超えて、大きくなってゆくことが出来ます。また、この新たに作られた毛細血管は、血管としては不完全な状態にあり、大変に漏れやすいため、ここから大量のガン細胞がこぼれ出て、血流に乗ってさらに全身に転移してゆくことになるのです。このように、新たに血管の形成されることを「血管新生」といい、このような現象をひき起こすスイッチの働きをする物質を「血管新生促進因子」と呼んでいます。
今までの話で、この血管新生を止めることが出来れば、ガンは一定の大きさ(1−2mm3)程度以上に増殖できないことが理解できると思います。それでは、この血管新生を止めるのにはどうすればよいのでしょうか。アメリカのフォークマンらの研究グループは、血管新生を強力に抑制する、アンジオスタチンとエンドスタチンという物質をそれぞれ、1994年、1997年に相次いで発見しました。ねずみを使った実験では、アンジオスタチンの投与により、ガンの増殖は完全に抑制されてしまい、中にはガンの消滅した例も見られました。縮小したガンはアンジオスタチンの投与を止めると、大きくなってきますが、再開すると、また小さくなります。これを何度か繰り返してゆくと、しまいにはガンは小さくなったままになってしまうのです。これは、正に衝撃的なニュースでしたが、その後、ほかの研究グループではフォークマンらの実験結果をうまく再現できない、などの問題もあり、今では当初の大騒ぎはやや沈静化した感があります。最近になって、アンジオスタチンは第1相の臨床試験でその安全性が確認されました。今後、第2相以後の治験の成績に期待がもたれてます。
今のところ、アンジオスタチンとエンドスタチンがどのような仕組みで、血管新生を抑制するのかはよくわかっていません。しかし、その一方で、抑制作用のメカニズムをきっちり把握した上で、理詰めで血管新生抑制剤を開発しようという試みも、着々と進んでいます。現在までに、何種類かの血管新生抑制因子が見つかっていますが、そのなかでも代表的なものに血管内皮細胞増殖因子(VEGF)があります。多くのガンはこのVEGFと呼ばれるたんぱく質を使って、血管新生を行い栄養の補給路を確保しようとします。ガン細胞から分泌されたVEGFは周辺の血管を形作っている内皮細胞の表面にあるVEGF受容体と結合します。VEGF受容体というのは、血管の細胞の表面にあるたんぱく質で、VEGFという鍵を受け入れる鍵穴のようなものです。鍵穴に正しい鍵が挿入されることによって血管新生のスイッチが入るのです。VEGF受容体はVEGFと結合することにより、スイッチオンの状態となり、細胞の内部に向かって新しい血管を成長させるための一連の複雑なプロセスを開始するように信号を送るのです。
ここ数年、VEGF受容体の働きを妨害して血管新生のスイッチが入らないようにする物質が、ガンの薬として続々と開発されてきています。キナーゼ阻害剤と呼ばれる種類の薬剤がそれです。キナーゼ阻害剤には、実はVEGF受容体の働きを妨害するものだけでなく、ほかにも多くの種類があるのですが、それについてはまた改めてお話したいと思います。
このVEGF受容体キナーゼ阻害剤には、従来の抗がん剤にはない多くの利点があるものと期待されています。なかでも、
1.血管新生のみを妨害するため、骨髄抑制、嘔吐、食欲不振などの副作用がない
2.内皮細胞の突然変異の確率は、ガン化した上皮細胞に比べて小さいため、薬剤耐性が現れにくい
3.血管新生というほとんどの固形ガンに共通のプロセスを妨害するので、様々なタイプのガンに適用できる
の3点が最も重要です。
欠点としては、原理的にはガンを縮小させるだけで死滅させるわけではないので、根本的な治療にならないことも考えられますが、アンジオスタチンに例を見てもわかるように、未知のメカニズムによってガンが完全に消滅した例もありますので、今後の臨床試験の結果をよく吟味してゆく必要があるでしょう。より現実的には、従来の抗がん剤と併用してゆくことになるのでしょう。
下の表に現在臨床試験中の各社のVEGF受容体キナーゼ阻害剤をまとめておきました。これらのうちのいくつかは、2−3年のうちに上市されてくるものと期待されます。
表.臨床開発中のVEGF受容体キナーゼ阻害剤とその化学構造
化合物
会社
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標的レセプター
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開発状況
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活性
(IC50)
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備考
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ZD-6474
AstraZeneca
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Flk-1/KDR
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第1相
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30nM (KDR)
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ZD-6474はZD-4190に比べ、はるかに優れた薬物動態学的性質を有している。EGFRは完全には阻害されない(IC50=
500nM)。
ZD-6474 はVEGF
あるいは
FGFに誘導された
HUVEC の増殖を
in vitroに阻害する。広範な抗腫瘍活性が、マウスと無胸腺ラットにおける種々のヒト腫瘍移植片に対して認められる。
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SU-5416
Sugen
|
Flk-1/KDR
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第3相
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1mM (KDR)
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SU-5416
は
flk-1 のリン酸化を細胞内で選択的に阻害し、EGF、
PDGF、ErbB-2
および
IGF-1 によるシグナル伝達に影響を与えない。VEGFに誘導されたHUVEC
の増殖も阻害される。無胸腺マウスにおける複数の移植片に対して
in vivoで幅広い抗腫瘍活性を示す。
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SU-6668
Sugen
|
Flk-1/KDR,
Flt-1, PDGF-R, FGF-R
|
第1相
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0.06mM (PDGF-R), 3.04mM (FGF-R1), 2.43mM
(Flk-1/KDR)
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SU-6668
はSU-5416に比べ選択性が低く、Flk-1/KDR、
FGF-R、PDGF-Rを阻害する。in
vitro およびin
vivoで有効な血管新生抑制剤である。種々の腫瘍移植片を有するマウスに対して経口投与を行うことにより、腫瘍の増殖停止あるいは縮小をもたらす。
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PD-173074
Parke-Davis
(Pfizer)
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FGF-R, VEGF-R
|
前臨床
|
38nM (Flk-1/KDR)
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PD-173074
はEGF-R、PDGF-R
および
SrcよりFGF-R1
に対して選択的である。bFGF
あるいは
VEGFによるねずみの角膜血管新生モデルで活性を示す。その
類縁体
PD-166285 はより広範な、活性を有する。
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PTK-787
(ZK-222584,
CGP-79787)
Novartis
|
Flt-1, KDR, PDGF-R, c-Kit,
c-Fms
|
第2相
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77nM
(Flt-1), 37nM (Flk-1/KDR)
|
PTK-787
はVEGF-R1
および
–R2の両者を有効に阻害する。また、HUVECにおいて、
VEGFに誘導されたKDR
の自己リン酸化を疎外する。
無胸腺マウスにおいて、抗腫瘍活性が報告されている。
後続のAAL-993
はより良い
ADME および毒性プロフィールを持っている。
|
GW-2286
GlaxoSmithKline
|
Flk-1/KDR, Src, Cdk2
|
前臨床
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8nM (KDR), 7.1mM
(EGFR), 758nM (Src), 1622nM (Cdk2)
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GW-2286
は
VEGFに誘導されるHUVEC
の増殖を抑制する。
(IC50 = 175nM) bFGFに誘導された増殖に対してはごくわずかな活性を有するのみ。マウスにおいて、各種の腫瘍移植片に対して経口で活性を示す。
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CGP-41251
(STI-412)
Novartis
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PKC, VEGF-R
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第2相
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0.022mM (cPKC-a), 0.086mM
(flk-1/KDR)
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スタウロスポリンの類縁体。
STI-412 は種々の腫瘍細胞の増殖を
in vitro および
in vivoで抑制する。VEGFに誘導された血管新生も阻害するが、FGFに誘導されたものは阻害しない。第1相治験では特に重大な副作用は報告されていない。
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血管新生のこと (その2)
前の章では血管新生を抑制することでガンを抑え込むこと、つまりガンを「兵糧攻め」にする作戦について書きました。また、血管新生を抑制する薬としては、VEGF受容体キナーゼ阻害剤が大変有望であることも紹介しました。実は、ガンを兵糧攻めにするやり方にはキナーゼ阻害剤を使う方法以外にも、いくつか考えられるのです。これをまとめてみると、次のようになります。
1.
VEGF受容体キナーゼの阻害
2.
メタロプロテアーゼの阻害
3.
その他の小分子を用いた方法
4.
その他の生体由来の物質を用いた方法
5.
血管新生抑制作用を有する抗体を用いた方法
6.
遺伝子治療
それぞれについて、もう少し詳しく見てゆきましょう。
1.VEGF受容体キナーゼの阻害
これについては、前章に書きました。
2. メタロプロテアーゼの阻害
新しい血管を作るには、単に内皮細胞の増殖が促進されるだけでは十分ではありません。新しい血管をガンの中へ引き入れてくるには、一度現存している血管の壁を壊して、そこから新しい血管を発生させてゆく必要があります。このようなプロセスを担っている酵素のひとつに、メタロプロテアーゼ(MMP)と呼ばれるものがあります。この酵素は血管新生だけでなく、ガンの周辺組織への浸潤にもかかわっています。ですから、この酵素の働きを妨害する物質(メタロプロテアーゼ阻害剤)は、ガンを兵糧攻めにするだけでなく、ガンがまわりの臓器を侵してゆくのも食い止める、非常に優れた抗がん剤となると考えられました。このような考え方で開発された薬の代表的なものに、イギリスのブリティッシュバイオテック社のマリマスタットがあります。マリマスタットは大いに期待され、また、実際に動物実験の結果は良好だったために、BB社の株価は、一時は天にもとどく勢いで上昇しました。ところが、いざ臨床試験が始まってみると、患者に手足の関節や筋肉の痛み(腱炎)などの予想外の副作用が出た上に、抗がん作用のほうもはっきりとした効果が確認されず、2001年の3月にはほとんどの臨床試験が中止に追い込まれてしまいました。株価がどうなったかは言うまでもありません。マリマスタット以外のメタロプロテアーゼ阻害剤にも同様な問題の見つかったものが多く、バイエル社のBAY129566にいたっては、プラシーボという比較のために用いる薬効のない偽の薬よりも悪い成績を出してしまいました。これは、要するに、BAY129566がガンの増殖を促進したことを意味しています。この臨床試験はもちろん即刻中止となりました。現在(2001年末)、第3相試験に残っているのはセルテック/ブリストルマイヤーズスクイッブ社のBMS275291だけという状態です。最近では、第二世代のメタロプロテアーゼ阻害剤も開発されてきているようですが、まだ臨床試験に入るにはいたっていないようです。
3.
その他の小分子を用いた方法
様々なメカニズムで血管新生を阻害する物質が、数多く知られています。その中からいくつか紹介してみましょう。
タキソール: これは言わずと知れた細胞毒性の抗がん剤の代表格です。タキソールはその主な作用機序であるチューブリンの重合促進作用のほかに、血管新生抑制作用も有しています。このため、腫瘍細胞に対して若干の選択毒性を持っているものと思われます。
サリドマイド: 歴史に残る薬害事件を起こした、悪名高い薬ですが、強い血管新生抑制作用を持っています。このために、胎児の正常な発育を妨げ、奇形を誘導するのでしょう。現在、子宮頚ガンに対して、第2相の臨床試験が行われています。
スクアラミン: これは一種のステロイドで、dog fishと呼ばれるサメの仲間から抗細菌作用を有する物質として単離されました。シスプラチンやカルボプラチンといった白金をベースとした抗がん剤との併用で効果が見られるようです。現在、第1相の臨床試験中ですが、詳細はわかりません。
インドメタシン: インドメタシンなど、非ステロイド性の抗炎症薬に血管新生抑制作用のあることがわかってきました。この事実をベースとして、抗がん剤の開発が行われているわけではないようですが、個人的にはとても面白いと思います。というのは、インドメタシンはガンの疼痛の緩和のためによく処方されるからです。私も手術の前後に、胸の痛みを抑えるためにインダシンの座薬を数ヶ月にわたって常用しました。このことが、私の場合、原発病巣が大きかったにもかかわらずリンパ節転移の見られなかったことと何か関係があるのでしょうか。私の主治医だったY先生は、疼痛や発熱などの症状が早い段階から現れたほうが予後が良い、という漠然とした臨床での印象をもっておられるようでした。こういう場合、たいていインダシンの投与がおこなわれるでしょうから、結果的に、術前に血管新生抑制剤による治療を受けることになるわけです。
4.その他の生体由来の物質を用いた方
以前に紹介した、アンジオスタチン、エンドスタチン等がこのカテゴリーに入ります。その他に、インターフェロンα、β、インターロイキン−16など。
5.血管新生抑制作用を有する抗体を用いた方法
いくつか臨床試験中のものがあるようです。
6.遺伝子治療
遺伝子治療というのは、原理的には非常に良いのですが、実用化のためには、まだまだ、解決しなければならない問題が山積みになっているというのが現状でしょう。特に、治療の核となる遺伝子をどうやって患部に送り届けるかという、ドラッグデリバリーシステムの確立が課題です。
こうして見てくると、化学屋の贔屓目かもしれませんが、キナーゼ阻害剤が最も有望なように思われます。理由はいくつかありますが、重要なポイントに、創薬化学者はエイズや高血圧治療薬の開発を通して、酵素阻害剤についてすでに膨大な量の経験の蓄積をもっているということです。こういう薬物は人の手によってデザイン、合成されたものですから、仮に試験の段階で毒性や不都合な副作用が出てもよほど基本的な問題でない限り、少しずつ分子のデザインに変更を加えてゆくことで問題を解決できる可能性があります。しかし、生体由来の分子やその作用のメカニズムのわからない物質を用いた場合には、こうした改良は難しくなってしまいます。一度つまずくと立ち直れないことが多いのです。
この章と前章では、血管新生を抑制することで、ガンを叩く薬の開発についいて大雑把に紹介しました。キナーゼ阻害剤などのガンに特有の生化学的プロセスに的を絞った薬を最近では「分子標的薬」と呼んで新聞などで報道されることも多いようです。しかし、既存の抗がん剤も基本的にはある種の標的分子に働きかけて抗がん効果を発揮するわけですから、この「分子標的薬」という名前は不適切だと思います。重要なのは「分子を標的」にすることではなく、「標的にする分子」の的が絞れていることです。
近年の急速なヒト遺伝子情報の解明、分子生物学の進歩によって、私たちは今はじめて、ガンだけを選択的に狙い打つ薬を開発する有用な手段を手に入れたのです。私の場合は、もうすでに手術をしてしまいましたから、いまさらの感がありますが、それでも一日も早く「もう、再発したって、今では良い薬があるのだから大丈夫」といえる世の中になってほしいものです。下の表に臨床開発中のメタロプロテアーゼ阻害剤とその構造をまとめておきました。
表:現在臨床試験中のメタロプロテアーゼ阻害剤
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化合物
会社名
|
作用メカニズム
|
開発状況
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備考
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| Marimastat(BB2516)
AstraZeneca |
Broad
spectrum metalloproteinase inhibitor
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Phase
III
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Reversible
musculoskeletal pain (tendinitis), most indications discontinued (March
2001)
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| Prinomastat(AG3340)
Agouron
|
Broad
spectrum metalloproteinase inhibitor
|
Phase
II/III
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Trials
in advanced hormone-refractory prostate cancer and metastatic NSCL
cancer discontinued because of lack of efficacy
|
| BAY129566
Bayer
|
More
selective metalloproteinase inhibitor (no MMP-1 inhibitory activity)
|
Clinical
development stopped
|
BAY129566
caused greater progression of SCL cancer compared with the placebo
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| BMS275291
Chiroscience/Bristol-Myers
Squibb
|
metalloproteinase
inhibitor (not active for sheddase)
|
Phase
II/III
|
Ongoing
march 2001 in NSCL cancer trial
|
| CGS27023A
Novartis
|
Broad
spectrum metalloproteinase inhibitor
|
Phase
I/II
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Musculoskeletal
side effects were observed. Currently, on halt because of lack of
clear-cut advantages over other more advanced MMP inhibitors
|
以下続く
代替医療と市場原理
代替医療や健康食品の氾濫の是非は、この際、ひとまず置くとして、その売り込みの論理の中に、よく出てくるのは「西洋医学の方法論は、自然科学万能を信じるあまり、人の持つ自然な治癒力を軽視している」という理屈でしょう。製薬のインサイダーの立場から言えば、これは、なんとなく、ちょっと違うと思います。
現在の医科学というのは、「人の持つ自然な治癒力」を単に神秘的なものとして、祭り上げておくのではなくて、もっともっと、綿密にその本質を理解しようとする方向に向かっていると思います。ヒトゲノムの解読プロジェクトなどはその典型です。だから、最近の抗がん剤の開発なども、以前の無差別なテストからすくい上げた、細胞毒性を主な薬理作用とする「強引な」副作用の大きいものから、今までよりもはるかに綿密にデザインされたものへと、大きくシフトしてきています。最近、骨髄性白血病をターゲットとしたグリーベックという薬が開発されましたが、これなども、ひと昔前から考えれば、夢のような薬です。
それから、もうひとつ思うことは、製薬会社というのは、要するに会社であって、利益を上げることがその存在目的だということです。要するに、利益が上がれば良い。まあ、それ以外の社会的、倫理的意義を掲げる経営者もいないことはないですけれど。そういう意味では、唐突な例ですが、ラーメン屋と一緒です。まずいラーメンを出しても、客がどんどん来て儲かるなら、普通、ラーメン屋は高額の投資をして、上手いラーメンをつくろうとはしません。でも、それでは、隣の來来軒に客を取られるので、仕方なく、美味いダシをとるべく、店主は特別な鶏がらの調達に奔走するわけです。
製薬会社だって、ぜんぜん効かない薬もどんどん承認されて、飛ぶように売れるのであれば、わざわざ研究開発などをしません。でも、それでは、競争に生き残れないので、「仕方なく」研究開発をするのです。世の中にはいろいろな産業がありますが、売り上げの15−20%までを研究開発に投資すると言うような、キチガイじみた開発競争をしている業界はちょっと思いつきません。そして、その製薬会社が、研究開発の際のよりどころにしているのが、いわゆる西欧流のサイエンスであるのは、偶然ではありません。それが、もっとも投資効率がよいから頼りにしているだけです。ほかに、もっと安上がりの薬を作るための良い指針があるなら、世界中に無数にある製薬会社の切れ者たちが、それに目をつけないわけはありません。私などからみると、もう信じられないくらい優秀かつ勤勉な、ビジネスマン、サイエンティストが、鵜の目鷹の目で、新しいアプローチを模索しています。そして、実際にそういう探索は常に行われています。以前に、仕事でイタリアの天然物抽出の会社をたずねたことがありますが、そこの研究所には、インディアナジョーンズも真っ青と言うような、奇怪な植物・動物の干物が、山積みにされていました。製薬会社のトップ(少なくとも株主)も、別に主義主張としてサイエンスをやっているのではありません。どんな不思議な水でも、虫でも、草でも、護摩でも、本当に効くなら、なんとしてでも他人より早く開発のパイプラインに載せて、特許をおさえてしまいたいと、思っています。
溺れる者はわらをも掴む。人間は弱いものですから、がんがこの世から一掃されるまで、がんに効く健康食品・代替療法の宣伝が新聞雑誌から姿を消すことはないと思います。それを反証するように、すでに西欧医学によって、ほぼ駆逐されてしまった、あるいは良い治療法の確立した病気、(結核とか、天然痘とか、胃潰瘍とか)に効くことを謳った健康食品・代替療法にはお目にかかりません。ここには、非常に単純な市場原理が働いています。私は、健康食品・代替療法の氾濫については、まあ、それはそれでいいのだと思っています。もし、そういう胡散臭いもののなかに、本当にがんの治療の主流となるような方法が潜んでいるなら、それは、近い将来、自然に医療の世界に市民権を獲得して、広く使われるようになるでしょう。なぜなら、上に書いたように、この世界の「何でもあり」の厳しい市場原理が、本当に売れる商品が小規模なネット販売などの世界に留まっていることを許さないだろうからです。しかし、「そういうものが、今の健康食品・代替療法から、出てくると思うか?」と問われれば、私の答えは「ノー」です。英語でいえば、「Let’s
wait and see」と言うことになります。もちろん、違った意見をお持ちの方も多いことは、十分に承知していますし、上に書いたように、それはそれでよいのでしょう。だから、「Let’s
wait and see」なのです。
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